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静岡地方裁判所沼津支部 昭和50年(ヨ)111号 決定 1978年5月29日

債権者 横尾文子 ほか六一名

債務者 御殿場市 ほか四名

訴訟代理人 三谷和久 ほか一六名

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

理由

(事実関係)

第一当事者の求めた裁判

(昭和五〇年(ヨ)第一一一号事件。以下第一一一号事件という)

一  債権者ら

1 債務者御殿場市は、市道御殿場・大坂線(市道一号線)の道路改良事業のうち、御殿場市沼田字笹塚四九三番地一二先(通称諸久保)から国道一三八号線に至るまでの部分(別紙図面の朱線部分。以下同じ)の道路拡幅及び路線変更等の工事をしてはならない。

2 債務者静岡県知事は、県営広域営農団地農道整備事業の駿東地区計画のうち、御殿場・大坂線(市道一号線)の通称諸久保から国道一三八号線に至るまでの前項同部分の計画を中止しなければならない。

3 債務者建設大臣は、市道御殿場・大坂線(市道一号線)道路改良事業のうち、通称諸久保から国道一三八号線に至るまでの第一項部分についての道路改良事業のための御殿場市に対する補助金を支出してはならない。

二  債務者御殿場市、同静岡県知事及び同建設大臣

主文同旨

(昭和五〇年(ヨ)第二〇二号事件。以下第二〇二号事件という)

一  債権者ら

1 債務者静岡県は、県営広域営農団地農道整備事業の駿東地区計画のうち、御殿場・大坂線(市道一号線)の通称諸久保から国道一三八号線に至るまでの間にかかる農道整備事業計画を実施してはならない。

2 債務者国は、市道御殿場・大坂線(市道一号線)道路改良事業のうち、通称諸久保から国道一三八号線に至るまでの道路改良事業のため御殿場市に支出する補助金を交付してはならない。

二  債務者静岡県及び同国

主文同旨

第二当事者の主張

一  債権者らの申請の理由

(一) 債権者らは、御殿場市道御殿場・大坂線(市道一号線、以下本件道路という。)の沿線、御殿場市沼田字笹塚四九三番地一二先(通称諸久保)から国道一三八号線にわたり、右道路敷に接する土地の所有者、平素の生活の居住の用若くは保養のための別荘の用に供する建物の所有者又は右道路周辺に居住している者である。

(二) 債務者御殿場市は、道路法一六条一項により、市町村道である本件道路の管理者で、本件道路の諸久保から二の岡を経て国道一三八号線に至る間(別紙図面朱線部分)の拡幅工事及び直線化のための一部路線変更工事(以下、本件道路改良工事という。)の施行者である。

(三) 債務者静岡県知事は、債務者静岡県が土地改良法八五条による土地改良事業として県営広域営農団地農道整備事業を行なうため、広域営農団地農道として、裾野市麦塚から町田、須金を各経由し、農業中核センターを中継し、二子、沼田、諸久保、二の岡を各経由して国道一三八号線と接続し、同国道を経て東名インターに至り、同インターから目戸橋、向村、上手を経由して小山町、吉久保、国道二四六号線に至る延長二七キロメートルの道路の開設、一部既存農道及び市町村道の改良を計画したものであるが、右計画路線は、既設本件道路を利用しこれを拡幅及び一部路線変更する計画であるから、債務者御殿場市が行なう本件道路改良工事は、右広域営農団地農道整備事業の一部ということになる。

したがつて、債務者静岡県知事は、本件道路整備事業の計画者にあたり、債務者静岡県は右計画の実施者にあたる。

(四) 債務者建設大臣は、債務者国が道路整備緊急措置法四条に基づき、道路法による道路の改築・道路区域の変更事業につき支出する補助金についての会計管理者であり(道路整備緊急措置法施行令及び道路整備特別会計法)、補助金の支出の決定と特別会計の管理をなすものである。

債務者御殿場市が行なう本件道路改良事業は、道路法に基づく道路の改築、道路区域の変更事業であり、これには前記のとおり債務者国が工事費の三分の二にあたる補助金を支出している。

(五) 債務者御殿場市の本件道路改良工事は、後記のとおり債権者らに対する違法な侵害行為となるが、債務者静岡県知事、同静岡県は右侵害行為を共同してする者若くはこれの教唆者であり、債務者建設大臣、同国は右侵害行為の補助者にあたる。

(六) 本件道路及び工事の概要と付近の環境

1 債務者静岡県知事は、昭和四六年一〇月八日、地域営農者から土地改良法八五条に基づく土地改良事業申請を受け、これを適当とする旨決定したうえ、同法八七条一項により、県営広域営農団地農道整備事業として土地改良事業計画を定めた。右計画によると、御殿場市、裾野市地域は、静岡県の東部経済圏(沼津、三島)と関東経済圏(東京、神奈川)に属し、東名高速道路御殿場インターの開設に伴い、大消費地に至近距離となり、大供給基地としての役割に期得されるところが大きく、他方、米作からの転換が求められており、地形上の特異性から有利な畜産、園芸、高原野菜の振興が絶対必要条件となりつつあり、この特性のうえにさらに有利な農業生産活動を展開するため、地区内に六つの営農団地を設定し、この団地ごとに整備する中核センターと中央のコントロール機能としての総合センターとを有機的に連携させる一方で、基幹農道を整備し、生産から流通に至るまでの一体化した組織体制を確立するとある。

2 右事業計画が縦覧に供された後、路線の位置等の具体的な事業実施計画については、債務者静岡県、同御殿場市、裾野市、建設省の間に一部については、従来ある市町村道を利用することとし、市町村道に重複する部分については、建設省所管の道路整備緊急措置法による国の補助事業として行なう旨の協議が成立した。

3イ 債務者静岡県と同御殿場市との協議の結果立案された債務者静岡県の事業計画によると、東名インター付近に営農団地を集中管理する総合センターを設け、基幹農道は諸久保から諸久保・大沢線を通つて東名側道へ入り、東名インターを通り小山町方面へ向う計画であつた(別紙図面の朱点線部分)。

ところが、その後債務者静岡県は何らの合理的理由も無く債務者御殿場市に路線の位置を変更する指示をし、同市もこれを受けて諸久保から二の岡を経て国道一三八号線に接続し(別紙図面朱線部分)、同国道に重複して東名インターまで行き、ここより東名側道に入る計画に変更した。

ロ 右によると、諸久保から国道一三八号線に至る区間は、既存の幅員五・四メートルの本件道路を幅員九.二五メートルまで拡張する拡幅工事をするだけでなく、道路の直線化のため一部路線変更工事も含まれており、かなり大規模な工事となることは明瞭で、本件道路に沿つて相当広い面積の土地の買収や多数の樹木の伐採が行なわれることになるところ、現在既に諸久保まで路盤拡幅工事を終え舗装工事中であり、本件仮処分申請部分は未だ着工されていないが、測量や一部樹木の伐採が行なわれている状況である。

4 本件道路は、大正七年ころ、東田中耕地整理組合による耕地整理について、農道として道路の位置、幅員、道路敷の面積等が確定され、その後御殿場市の管理する市道となり、現行道路法施行と同時に、同法上の市町村道となつているところ、その殆んどの部分が簡易アスフアルト舗装、一部が未舗装で、沿道住民及びこれら住民宅へ往来する自動車、自転車、歩行者の通行に供されているが、通過自動車の往来は大変少量である。

5 本件道路付近の地形・自然環境は、道路の南側は箱根外輪山の裾野で緩かな斜面を形成し、沿道一帯は、手入れの行き届いた植樹と自然を生かし丹精込めた庭園とに囲まれ雅趣豊かな自然を誇つている住家と桧・杉などの樹林帯、茶畑などが交互に混在している。

国道一三八号線から諸久保に至るまでの延長約二キロメートルの間、本件道路に接する住家はおよそ四八戸、この道路を日常生活の通路として利用している世帯数はおよそ二〇〇世帯で、これら住家の約半数は地元民であり、また残りの半数は御殿場市街あるいは東京に生活の基盤をおく者の別荘であるが、債務者御殿場市の都市計画では、該地区は自然環境を保護し、別荘地域として維持を図つていくとされており、歴代の市長もまた同旨の宣言をし、宅地造成工事規制区域に指定され自然保護が図られてきたものであり、東名高速道路とインターチエンジの開設にともない、都心から自動車で九〇分前後という交通至便のうえ、富士箱根国立公園への玄関という観光立地条件に着目され、最近歓楽街の隆盛やモーテル建設のためとみに俗悪化し、自然の破壊が目立つ御殿場市のなかにあつて、本件二の岡地区は昔ながらの鬱蒼とした森林と閑静な自然を保ち、強く自然保護が呼ばれその具体化を要請されてきた地域である。

(七) 本件道路改良工事がなされると、債権者らを含む住民は、次のような被害を被ることが明らかである。

1 本件道路改良事業は、諸久保以北三島に至るまでの沿道農産地の農産物を集荷し、東名インターを経て東名高速道路にて消費地帯に出荷することを第一義的な目的とする基幹農道整備にあり、その用に供する道路は荷物積載の大型トラツクが高速で擦違うことを予定しており、その有効幅員は九・二五メートルとなつているが、果してこの沿道に集出荷物を満載した大型トラツクが高速で擦違わなければならない程の農業生産高が計上されているか否か疑問であるうえ、農産物の出荷は年間を通じて常に多量にあるわけではなく、その最盛期といえども大型トラツクの積載で一日数台にすぎないであろうし、そのうえ、最北端の三島から東名インターまで延長約六キロメートルにすぎず、あえて高速輸送する必要は全くなく、さらに、本件道路とこれの西側をほぼ平行して走る国道二四六号線とは、最も近い所で五〇〇メートル未満、最も離れた所でも八〇〇メートルしか離れておらず、右国道のさらに西側に国道二四六号バイパスが通つており、これら国道を通行することで十分右目的は達しうるのであるから、あえて以下のような住民に対する被害を発生させてまで本件道路を拡幅する必要はないものである。しかるに本件道路を整備した場合、本件道路は御殿場市街地を通ることなく国道一三八号線と東名インターに直結できることから、いたずらに一般通過車輌が大量に通ることを許すこととなり、国道二四六号線のバイパス機能を持たせることとなる。

2 本件道路は、工事完成後は右のように国道二四六号線のバイパス的役割を果すようになり、本件道路に流入してくる自動車は、行楽シーズンなどの通行量は一時間当り数百台以上が予測されるうえ、本件道路が工事完成後も歩車道の区別がなく沿道住家の門を出るや自動車が高速で走る道路ということで、沿道に住家を有し日常生活を送る住民、本件道路を日常生活路として、徒歩・自転車等で通行する老幼者を含む近隣住民及び日頃の労働の疲労をやすめ心身の保養に来る別荘住民の不利益は測り知ることができず、特に交通量の飛躍的増加と自動車の通過走行速度の高速化によつて右住民がその生命身体に被る危険の発生は想像に余りあるものがある。

3 現在行楽シーズンの国道一三八号線は極度に渋滞し、富士側は龍坂峠から、箱根側は乙女峠から御殿場インターまで延々と渋滞する状況であるが、この途中に本件道路の如き三島・御殿場を結ぶ長い自動車路線を接続し、自動車を流入させるとなると、たちどころに本件道路も渋滞し、本件仮処分申請にかかる部分は自動車が停滞するところとなり、その騒音と排気ガスは天候によつては周囲一帯に滞留し、債権者らを含む住民の健康を害することとなる。

4 前記の如く東名高速道路、インターチエンジ開設に伴い急激に都市化、工業化が進んだ御殿場市内で、自然の景観が残つているといえるのは本件道路周辺地区だけであり、いわば御殿場の旧来のイメージを保持する唯一の場所で、債務者御殿場市の市政の基本方針である農業、工業、風致という三本柱の調和ある発展を考えたとき、残さなければならない風致、景観であり同市の総合開発計画においても、本件二の岡、東山地区に対しては、自然に恵まれた環境を破壊しないで美しい自然を生かした別荘、セカンドハウス的な住宅地域に指定して豊かな自然を守るとする計画となつている。しかるに本件道路改良工事が実施されたならば、沿道の樹令百年を誇る樹木や長年にわたり保護育成されてきた桧・杉などは伐採され、残る老樹も自動車の排気ガスのため忽ち枯死してしまい、その自然破壊は著しく貴重な自然の風致は根本的に破壊されることとなる。

(八) 本件道路改良工事の違法性

1 本件道路を拡幅しなくとも、他の道路を拡幅整備することにより基幹農道整備の目的を達成することができる。すなわち、諸久保で本件道路から分かれ東名側道に至る幅員約五・五メートル、延長約一・二キロメートルの既存の市道がある(別紙図面朱点線部分)が、右道路の沿道住家は僅か四戸であり、これは道路に接しているわけではなく、庭を隔てて奥まつているうえ沿道は西側が田・畑・雑木林の混在、東側は緩斜面の丘で雑木林となつており、道路の拡幅は東側の雑木を一部伐採するだけで田畑を収用することなくでき、国家経済上失うべきものは何もない。右道路は、諸久保から本件道路と分かれ、東名高速道路建設の際これと平行し東名インターまで工事用道路として開設され、右高速道路の完成によりその用を達し、御殿場市に移管された幅員約八メートルの東名側道に至つているが、本件道路計画が三島方面から東名インターへの農産物流通を目的としている点からみれば、右道路は東名インターに直結でき国道との重複がないから道路渋滞も避けられるうえ、東名インターから先東名側道を利用する計画とも連続性をはかることができ、最も合理的であり、失うべき利益もない。

2 本件基幹農道の路線々引を御殿場市の都市計画に照らして検討すると、将来本件道路は都市計画道路御東原循環線(幅員一六メートル)と国道一三八号線交差点から西方二〇〇メートルの地点でヘアピン状に交差することとなるが、右の如き交差点の形状になると、鋭角方面への進入は不可能となり、道路機能は著しく減殺されてしまうが、右の諸久保・東名側道経由とした場合には東名側道に接する地点で都市計画道路東部幹線(幅員二〇メートル)と交差することとなり、三島・御殿場・小山の各市町を結ぶ道路機能として格段に優れており、土地の買収費も安いのである。

3 したがつて、本件道路改良工事は何らの合理性がなく違法であるが、右不合理を指摘し御殿場市内に残された唯一の自然環境を守るため、また住民の日常生活の安全と平穏が破壊されることを指摘しこれに反対しているのは、債権者らだけではなく一〇〇〇名余の市民に及ぶが、ここでは市民の利益が公共の利益であり本件道路の利用者である周辺市民一〇〇〇名が反対している以上本件道路改良工事を維持すべき公共の利益は何もないというべきである。

(九) 債権者らは、前記のとおり本件道路近くにそれぞれ土地若くは建物を所有し、又は居住している者であるところ、

1 本件道路改良工事が行なわれるならば、債権者ら及びそのほかの周辺住民の生命(身体の安全及び健康が違法に侵害されることが明らかであるから、債務者らの不法行為に対する差止請求として債務者らに対し申請の趣旨記載の差止めを求めることができるというべきである。

2 債権者らは、本件道路改良工事が行なわれるならば日常生活において各所有地、占有地の使用上重大な被害を被ることが明らかであるから、各所有地、占有地の所有権、占有権に基づく妨害予防請求として、債務者らに対し申請の趣旨記載の差止めを求めることができるというべきである。

3 憲法二五条一項により、地域住民は、地域の良好な生活環境、自然景観及び生育している樹木など自然の文化資産を享受し、平穏静謐に健康で安全な生活を営む基本的権利すなわち環境権を有するものであり、債権者らは、本件道路改良工事が行なわれるならば、樹木の伐採、自動車の排気ガスによる樹木の枯死により本件道路周辺の環境全体について債権者らを含む住民が有する環境権が害されることが明らかであるから、その環境権に基づく妨害予防請求として、債務者らに対し申請の趣旨記載の差止めを求めることができるというべきである。

(一〇) 保全の必要

債務者御殿場市は本件道路改良工事に着工しようと、債務者静岡県は、債務者静岡県知事が計画した本件道路改良事業を実施しようと、債務者国は債務者建設大臣が管理する補助金の交付をなそうとそれぞれしており、本案訴訟をまつては、本件道路改良工事が行なわれてしまい、債権者らの生命、身体及び健康、所有権若くは占有権、環境権に対する前記の如き侵害の予防若くは排除を求めることが不可能若くは著しく困難となることが明らかであるから、債務者らに対し申請の趣旨記載の仮処分を求める。

二  申請の理由に対する債務者らの答弁

(一) 申請の理由(一)の事実中、債権者藤岡協、同藤田信近、同三辺謙、同倉田保雄、同福川成平、同古畑正秋、同東山千栄子、同橋口明男、同飯塚豪夫、同湯山絹江、同中島邦彦、同永井利春、同緒方清一、同杉山満、同古谷孔導、同松井昇、同富岡載、同岩瀬郁夫、同勝又喜恵子、同岩田治躬、同田代利文、同林和正、同三井米木、同牧野節和の二四名が、本件道路の沿線、本件申請部分にわたり右道路敷に接する土地の所有者、平素の生活の居住の用若くは保養のための別荘の用に供する建物の所有者又は右道路周辺に居住している者であるとの点は否認し、その余の債権者らが概ね本件道路と債権者ら主張の如き関係を有していることを認める。

(二) 申請の理由(二)の事実は認める。

(三) 申請の理由(三)の事実中、債務者静岡県が「県営広域営農団地農道整備事業」を行なうため、債務者静岡県知事が土地改良事業計画として広域営農団地農道の開設を計画していること、その道路の計画路線が債権者ら主張のルートの一部に該当すること、債務者静岡県が右土地改良事業の実施者であることは認めるが、その余の事実は争う。本件道路改良工事は、その管理者である債務者御殿場市が道路法に基づき市の立場で行なつている市道の整備計画の一環をなすもので、債務者静岡県知事が計画し、債務者静岡県が実施する道路整備事業の対象とはなつていない。

(四) 申請の理由(四)の事実は認める。

(五) 申請の理由(五)の事実は争う。

(六) 申請の理由(六)の事実中、1の事実は認め、2の事実中土地改良事業計画が縦覧に供されたことは認めるが、その余の事実は争う。なお本件道路改良工事に関する部分は縦覧に供されていない。3の事実中、イの事実は否認し、ロの事実中、本件道路の幅員、道路直線化のための路線変更工事の規模、土地の買収面積、伐採樹木の程度、拡幅の程度及びその工事の規模並びに本件申請部分が未着工である点を争い、その余の事実は認め、4及び5の事実は認める。

(七) 申請の理由(七)ないし(一〇)の事実は全て争う。

三  債務者らの主張

(一) 前記申請の理由に対する答弁(一)記載の債権者二四名は本件道路沿道若くはその周辺に土地、建物を所有せず、かつ居住もしていない者であり、本件道路工事に利害関係を有しないことが明らかであるから申請人適格を欠くものであり、その余の債権者も本件道路工事にいかなる利害関係を有するのか具体的に明らかにされておらず、同様に申請人適格を欠くものである。

(二) 債務者御殿場市(第一一一号事件関係)の主張

御殿場市及びその周辺地域においては、近年人口の漸増、経済活動の活発化と生活水準、所得の向上、自動車のもつ利便性、快適性等が結びつき、昭和四九年の自動車保有台数は昭和四六年の約一・三倍から一・五倍に伸びており、今日の日常生活や経済活動に占める自動車交通の重要性に照らし道路整備の必要性が高くなつている。

御殿場市道御殿場・大坂線のうち、国道一三八号線から大坂までの区間沿道には、二の岡、沼田、二子の三部落があり、昭和五〇年七月三一日現在、これら地区の人口は一六五六人、戸数四〇戸であるところ、これち地区においても前記同様所得の向上等から自動車類の保有台数は年々増加し、昭和五〇年二月一日現在一七一台、動力付二輪車類は同年七旦三日現在一七七台となつており、これら車輪は右地区における日常生活及び経済活動にとつて必要不可決の交通手段となつているが、本件道路がこれら地域住民の日常生活に密着した重要道路であるにもかかわらず、その整備状況は極めて不十分で、幅員は五ないし七メートル程度(有効幅員はさらに狭い)で、自動車の擦違いにも困難をきたし、一部について簡易アスファルト舗装されているのみで、その大部分は未舗装で晴雨の際は砂塵あるいは水溜りという状態であるため、早くからその整備が関係住民によつて要望されていたところであつた。

以上のような状況下にあつて、静岡県駿東地区における県営広域営農団地整備計画がたてられ、その一環として裾野市町田地先から御殿場市二子新田地先に至る区間等について県営広域営農団地農道整備計画が策定され、これが昭和四六年度から実施されることとなり、右広域営農団地農道と本件道路が御殿場市二子新田地先において接続されることとなつた。

そこで債務者御殿場市は、静岡県、建設省とも協議をした結果、本件道路のうち御殿場市二子新田地先から同市諸久保を経由して国道一三八号線に至る区間については、これがバス路線であり、同地区住民の重要道路であつて、かねてからその整備を要請されていたことに鑑み昭和四六年度以降地域住民の生活道路としての機能を果しうる限度においてその整備、充実を図り、もつて住民の福祉の向上を図ることに決したものである。

右道路整備計画の概要は、全長一六〇一・七八メートル(うち五九六メートル分の拡幅用敷地は本件申請当時既に買収済み。)、対向車との擦違いを自由かつ円滑にさせるため、道路構造令三条の第三種第四級に相当する車道幅員五・五メートル、路肩部分各〇・七五メートル、側溝部分各〇・七五メートル、両側に若干の余地を取つて道路敷幅九メートル前後、急力ーブの箇所一か所約二五〇メートルにわたり直線化し、アスフアルト舗装するものである。

債権者らは、本件道路改良事業及びこれに接続する広域営農団地農道整備事業の結果、本件道路は小山町と三島市を結ぶ国道二四六号線のバイパス道路化する旨主張するが、債務者御殿場市は、本件道路改良事業について、道路の設計基準として、昭和四六年七月一日の交通量調査における一二時間(午前七時から午後七時まで)の交通量三二〇台の結果に基づいて、昭和六〇年における交通量を一二時間あたり六〇〇台と推計し、これに適合した構造の道路を建設整備しようとしているものであつて、御殿場市内の隣県、周辺市町に通ずる国道一三八号線、同二四六号線とそのパイパス及び東名高速道路などの道路の配置状況並びに御殿場市内から沼津、三島間の右主要道路を経由した場合の所要時間(二五分ないし三五分)と本件道路を経由した場合のそれ(四五分)との比較からみて、債権者ら主張の如きバイパス的機能を果すことにならないことは明らかであり、なお御殿場市内においては、休日主に行楽客の自動車の渋滞が発生することが少なくないが、これら自動車は、概ね東京方面から山梨県又は箱根方面に赴き、午後東京方面へ引き返すものであるから、この渋滞を避ける、ため、本件道路に迂回する自動車があるとは考えられず、債権者ら主張の如き危険が招来されるものではないことが明らかである。

本件道路改良工事は、道路管理者たる債務者御殿場市が道路法一六条一項に基づき実施し、同法一条の目的に合致しているものであるが、前記のように道路敷幅が九メートル前後になるため、拡幅工事が必要となり、一部では道路沿いにある樹木の伐採が避けられない場所も存するが、これをもつて直ちに自然環境の破壊である旨の主張は事実を誇張するものであつて、失当である。

債権者らは、本件道路改良工事を不合理なものとし、これに代る方法を論ずるが、本件工事の本来の目的は生活道路である本件道路を整備し、これにより環境基盤を充実させ、もつて地域住民の福祉向上を図ろうとするものであつて、この要請は債権者ら主張の市道新橋、諸久保線においても変わることがなく、いずれの道路を先に整備するかは行政の裁量に委ねられている事項であつて、本件においては、本件道路の整備の必要性が地域性及び地理的条件等からみてより高かつたため、本件工事が先行することになつただけのことであり、これは地元住民の要望にも適合するもので、一部所謂別荘族を含む債権者らの主張は、右の事情を理解しない身勝手なものであつて失当である。

(三) 債務者静岡県知事及び同建設大臣(第一一一号事件)の主張

債権者らの債務者静岡県知事、同建設大臣に対する仮処分申請(第一一一号事件)は、本来私法上の権利義務の主体となりえない国又は地方公共団体の行政機関である県知事、建設大臣を相手方とするものであるところ、これらは行政事件訴訟法一一条の如き特別の規定のない民事訴訟において当事者能力を有しないものであるから、右申請は当事者能力を有しない者を相手方とした不適法なものである。

(四) 債務者静岡県(第二〇二号事件)の主張

1 債権者らの本件仮処分申請(第二〇二号事件)は、申請の趣旨でその差止めの対象が特定されていないのみならず、申請の理由によるも、広域営農団地農道整備計画のうちいかなる行為の差止めを求めているのか、その対象が不明であり、審判の対象が特定していない。

2 債権者ら主張の御殿場市道御殿場・大坂線の諸久保から国道一三八号線に至る本件道路工事は、道路管理者である御殿場市が、道路法に基づき実施するものであつて、県営広域営農団地農道整備事業の駿東地区計画の実施として行なわれているものではない。

静岡県知事は、農業経営の確立に有利な立地条件の整つている静岡県駿東地区の特性に立脚し、さらに有利な農業生産活動と流通体制を展開確立するため、昭和四五年該地域に対する広域営農団地整備計画を策定し、この計画において整備する農業経営近代化施設を合理的、機能的に結びつけるために、大規模農道幹線として裾野市町田地先から御殿場市二子新田地先に至る区間、同市忍沢地先から駿東郡小山町下合地先に至る区間、御殿場市深沢地先から小山町大胡田地先に至る区間の広域営農団地農道の計画をした。

債務者静岡県は、右計画を実施するため制定された広域営農団地農道整備事業実施要綱(昭和四五年五月二九日四五農地D第四八六号)に基づいて、右の大規模農道幹線について昭和四六年度からその整備事業を開始するに至つたものであるが、右整備の実施にあたつては、昭和四六年一〇月八日土地改良法八五条に基づく静岡県知事に対する土地改良申請手続がなされ、同知事は昭和四七年一月二四日右申請を適当と認めて、同年三月一〇日県営広域営農団地農道整備事業として土地改良事業計画を定めたものである。

以上のとおり、駿東地区に対する広域営農団地整備計画の一環として実施されている県営広域営農団地農道整備事業は、前記の区間に限定されているのであつて、この事業計画の一部であるとして、諸久保から国道一三八号線に至るまでの本件道路改良工事計画の実施の差止めを求める本件仮処分申請は、その対象を欠くものである。

(五) 債務者国(第二〇二号事件)の主張

1 静岡県知事が昭和四五年に駿東地区に対する広域営農団地整備計画を作成し、その一環として裾野市町田地先から御殿場市二子新田地先に至る区間等についての広域営農団地農道が計画され、御殿場市二子新田地先において、右広域営農団地農道と御殿場市道御殿場・大坂線とが接続することになつたため、広域営農団地農道整備事業によつて開設される農道と既設道路との間に連帯性をもたせることが必要であるとの認識のもとに、昭和四五年三月一六日建設省道路局長と農林省農地局長の間に交わされていた「広域営農団地農道整備事業についての覚書」に基づき、静岡県、御殿場市、建設省間の協議がなされた結果、御殿場市二子新田地先から同市諸久保を経由して国道一三八号線に至る市道御殿場・大坂線については、同道路がバス路線をともなつており、同地区住民の日常生活に密着した重要道路である性格上、かねて整備を要請されていた関係もあり、施行時期を調整しながら、道路法五六条、道路整備緊急措置法四条、同法施行令三条に基づき、債務者国において事業費の三分の二を補助することにより、同市道の管理者である御殿場市がその整備を図ることになつたもので、債務者国は、昭和四六年度から昭和四九年度までの間に補助金を交付してきた。

2 ところで本件仮処分の申請の趣旨(第二〇二号事件)は、債務者国の御殿場市に対する昭和五〇年度以降の補助金の交付の差止めを求める趣旨と解されるが、裁判所は、裁判所法三条一項に規定するとおり、行政事件訴訟法五条による所謂民衆訴訟制度の如く、法律において特に定める場合のほか原則として当事者間における具体的な権利義務に関する争訟(法律上の争訟)について判断する権限を有するに止まるところ、本件において債務者国が御殿場市に対し補助金を交付するのは、前記のとおり法律による適法な行政であるうえ、純然たる行政機関相互の内部問題であり、これによつて債権者らの権利義務に消長をきたすものではないから、争訟性に欠けるものである。

第三疎明<省略>

(当裁判所の判断)

第一申請入適格(第一一一号事件及び第二〇二号事件)

本件仮処分申請は、本件道路改良工事に対し、将来の被害を予測してその事前の差止めを求めるものであり、かつその被害の及ぶ範囲が広くそれによる被害者も多数人が予想されるというのであるから、個人、個人の受ける被害の程度を個々的に判断することは容易でなく、仮処分の段階にあつては、一応地域的な判断をもつてこれにかえざるをえないものと解するのが相当であるところ、<証拠省略>によると、債権者横尾正男、同東陽一、同村瀬濱子、同村瀬泰雄、同宮田澄、同佐々木信、同佐々木明、同横山康吉、同小泉妙、同秋山加代、同翠川美代子、同佐々木信雄、同山本干代子、同佐々木春雄、同芦川章二、同松本正夫、同藤島良平、同山口干代、同鈴木厳、同井上広の二〇名が本件道路改良工事予定の御殿場市道御殿場大坂線の「諸久保」地先から国道一三八号線に至る区間、右道路に近接して、土地を所有しあるいは居住していることが一応認められるので、右二〇名の債権者は一応申請人適格を有するものと取扱うこととするが、その余の四二名の債権者らについては、本件記録を精査しても右道路について前示のような関係を有していることが認められないので、申請人適格を有するものとはなしえないから、爾余の判断をまつまでもなく、本件仮処分申請をいずれも却下することとする。

第二当事者能力(第一一一号事件)

債務者静岡県知事及び同建設大臣に対する本件仮処分申請は、静岡県知事あるいは建設大臣の職にある特定個人を相手とするものではなく、地方公共団体又は国の行政機関である静岡県知事あるいは建設大臣を相手とするものであることが、債権者らの主張に照らし明らかであるところ、国又は地方公共団体の機関である行政庁は、本来私法上の権利義務の主体となりうるものではないから、行政事件訴訟法一一条のような特別の規定のない一般民事訴訟については、当事者能力を有しないものといわなければならない。

ところで、本件仮処分申請は、要するに御殿場市が行なおうとしている本件道路改良工事がなされると、債権者らの生命、身体、健康、所有権、環境権が侵害されるから、その予防として右工事を計画した静岡県知事に対し右計画の中止を、右工事費用にあてるべき補助金を支出している建設大臣に対し右支出の禁止をそれぞれ求めるというのであつて、本件仮処分の本案訴訟は、右不法行為、所有権、或は環境権に基づく妨害予防請求訴訟即ち私法上の権利義務関係を対象とする通常の民事訴訟に属するものである。

従つて債務者静岡県知事及び同建設大臣はかかる本案訴訟については当事者能力をもたず、右本案請求の保全のための本件仮処分についてもまた同様といわねばならないから、本件仮処分申請はすでにこの点において不適法たるを免れないものである。

第三本件仮処分の適法性(第一一一号事件の債務者御殿場市関係)

本件仮処分申請において差止めを求められている本件道路改良工事は、公共用施設の設置行為のうちのその設置のための決定ではなく、その建築のための事実行為であり、これは地方公共団体の公権力の行使という性質を有するものではなく、また個人の権利の制限、義務の受忍を当然に予想するものではないから、行政事件訴訟法四四条にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には該当しないものであり、民事訴訟法の仮処分の対象となるものと解するのが相当である。

第四債務者御殿場市に対する申請について(第一一一号事件)

一  <証拠省略>によると、債務者御殿場市は、昭和四六年一〇月八日付で計画されたその管理にかかる市道御殿場大坂線の「二子」地先から「諸久保」地先を経由して「二の岡」地先の国道一三八号線に至る約四〇〇〇メートルの区間の拡幅工事及び「諸久保」地先付近などの曲線部分の直線化などのための一部路線変更工事について、すでに用地買収済の「二子」地先方面から順次工事に着工していること、工事は「諸久保」地先付近までに及んでいるが、債務者御殿場市が実施し、又はしようとしている工事のうち、本件仮処分申請にかかる「諸久保」から国道一三八号線に至る区間は別紙図面の朱線部分であること、本件道路改良工事の概要は、おおむね約五メートルの幅員の既設道路を幅員七メートル(二車線車道部分五・五メートル、道路両端の路肩部分各〇・七五メートル)に拡幅したうえ、さらに道路両側にユー字溝を敷設し、また「諸久保」地先付近にある曲線部分を短絡直線化した道路を敷設するほか、その他約四か所において曲線率緩和のため既設道路に沿うもののこれから若干外れて道路を敷設し、全面舗装するものであり、したがつて、拡幅部分については既設道路の両側に各約二メートルの新たな敷設部分については道路敷に要する部分の土地がそれぞれ必要となること、本件道路の「二の岡」地先はバス路線となつていること、本件道路は「二子」地先において、静岡県の実施する駿東地区広域営農団地農道整備事業において計画されている基幹農道と接続し、さらにその先の「大坂」地先において国道二四六号線と接続するものであることが一応認められる。

二  本件道路改良工事が行なわれたことによつて、本件道路の自動車の通行量の増大とそれに伴う騒音や自動車排気ガスの大量滞留のために、本件道路周辺に居住する債権者らが単なる不快感の限度を超えて、生命、身体への具体的な危険や健康に影響を及ぼす程度の被害を受け、所有あるいは占有する土地、建物利用による正常な生活活動が困難となる蓋然性が高い場合には、その被害は金銭的補償によつて回復し難い性質のものであるから、道路の公益性を考慮しても、他に特段の事情のない限り、債権者らが受忍すべき限度を超えた違法なものとして、債権者らは右の被害の発生を予防するために本件工事の差止めを求めることができるものというべきである。

なお、所謂不法行為は、過去に生じた違法行為法による損害を金銭で填補するための制度であつて、現在及び将来の侵害を理由にその妨害を排除し、あるいはその将来の侵害の予防を求めるのは、物権的請求権の役割として考えられ、不法行為法自体から直ちに現在あるいは将来の侵害の排除あるいは予防の請求権が導き出されるものではないので、不法行為に基づきその差止めを求めるという債権者らの主張は採用できない。

また、憲法二五条一項の規定から、直ちに債権者らが主張するような内容の環境権なる権利を各個人が有するということには、各個人の権利の対象となる環境の範囲、環境を構成する内容及びその地域的範囲、享有者となる者の範囲のいずれもが明確でないという点を考えると容易に同調し難い。したがつて、環境権侵害を理由とする債権者らの主張もまた採用できない。

三  ところで、債権者らは、本件道路改良工事がなされた結果、本件道路が国道二四六号線のバイパス的機能を果たし、行楽シーズンなどには一時間当り数百台以上の通過車輌が本件道路に大量流入し、したがつてまた国道一三八号線の渋滞のあおりで、本件道路もたちどころに渋滞し、これによつて付近一帯に排気ガスが滞留し、これに騒音も加わつて債権者らの生命、身体への危険や健康の損害が惹起される旨主張するが、本件記録に顕れた本件道路の自動車通行量、国道二四六号線及び同一三八号線の道路状況及び自動車通行の受容能力、将来本件道路を選択しこれに流入すると予測される自動車台数、本件道路が静岡県の実施にかかる県営広域営農団地農道整備事業における基幹農道と接続することによる本件道路の自動車通行量の予測数値、行楽シーズンにおいて県内外から流入し御殿場市及びその周辺を通過する自動車台数とこれが将来本件道路を通過すると予測される台数、騒音値、排出される自動車排気ガスの量及びそれによる空気汚染の予測値、排気ガスが滞留しやすい地形上の特殊性の存否並びに右騒音、排気ガスによる空気汚染の付近住民の健康に及ぼす影響等を綜合勘案しても、本件道路改良工事により債権者らの生命、身体への危険や健康の損傷が惹起される蓋然性は疎明されていない。

よつて債権者らの債務者御殿場市に対する本件道路改良工事差止請求は被保全権利の疎明を欠くからその余の点を判断するまでもなく失当なものといわなければならない。

第五第二〇二号事件

債務者御殿場市に対し本件道路改良工事の差止めをなしうることを前提として、債務者静岡県及び同国に対し、それぞれ不作為を求める本件仮処分申請は、右のとおりその前提を欠くことになるから、爾余の判断をまつまでもなく理由がないことに帰する。

第六結論

よつて、本件仮処分申請はいずれも却下することとし(なお保証をたてさせてこれを認容することは相当でない。)申請費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 太田昭雄 元吉麗子 伊藤紘基)

別紙図面<省略>

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